2014年の年末。トヨタは世界初の燃料電池乗用車「MIRAI」を発売した。「MIRAI以前にも燃料電池車はあった」と言う人がいるかもしれないが、MIRAIが登場するまでの燃料電池車(FCV)は、車両価格は数億円。しかも販売ではなく、リース運用前提で個人は購入できなかったりというレベルで、その実態は実証実験にすぎず、とても市販車とは呼べなかった。
MIRAIと国策
正直なところ、筆者もMIRAIのデビューには驚いた。トヨタにしてみればあのクルマを720万円で売るのは大赤字なはず。事態は完全に政治問題である。
燃料電池が次世代主流と目されて早30年。燃料電池の規格を巡り、日欧は長きに渡って対立してきた。さまざまな憶測を呼び、本当のところは分からないが、どうも欧州が燃料電池の規格争奪戦を諦めたことによって、日本が燃料電池の国連規格をもぎ取ったらしい。その結果、日本主導で「世界技術規則」が策定され、日本方式の燃料電池と水素スタンドが世界規格になったわけだ。
この種の戦いにめっぽう弱かった日本の行政庁にとって快挙である。となれば、経済産業省はその沽券にかけて実用FCVの第1号を他国に持って行かれるわけにはいかない。だから、言ってみれば政府の都合で、あるいは世界規格の見本品として、MIRAIをそのタイミングで発売しなければならなくなった。トヨタの採算とは別次元のところで事態は進行していたのである。
ゴリ押しで要求を通した政府は、アメも用意する。すぐさまMIRAIに対する補助金政策を決めた。国から約200万円、地方自治体から約100万円(自治体による)、合わせて約300万円もの補助金が発売時にすっかり整っていたのはそういう政治上の事情があったからだろう。
トヨタがなぜかMIRAIの技術特許を公開したことが一時取り沙汰されたが、これも答えは簡単。世界基準を取ってしまった以上、世界の自動車メーカーが同方式でクルマを作れるように情報開示しなくてはならない。「基準は決めたけれど、どうやって作るかは秘密」というわけにはいかない。
トヨタとしては渋々、虎の子の技術情報を開陳することになったのである。トヨタの売り上げは世界各国の税収ランクに並べてみてもポーランド、ノルウェー、デンマーク、フィンランドなどを抑えて17位オーストリアに匹敵するレベル。当然日本政府のかじ取りにも多大な影響を与える。売上高27兆円ともなると、もはや私企業とはいえ、政府と不可分。国の言うことを無視できない代わりに便宜も図られる。それが幸せなのか不幸なのかは分からないが、トヨタには選択の余地はもはやないのだ。
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